現在のスポーツクラブ市場を俯瞰的に見ている立場として、現状をどのように受け止めていますか?
全体的に、かなり良いです。伸び悩んでいるところもあるようですが、それは業界全体というよりも、その会社のビジネスモデルや運営方針の問題だと捉えています。アフターコロナの中で、クラブに戻る人がいるのは確かですが、クラブの利用方法が変化したり、場合によっては別のクラブを利用し始めるケースが見受けられます。会員の行動パターンの変化は、都心や郊外で最も顕著に現れており、リモートワークが可能になったことでオフィスへの通勤日が減少したことを反映しています。火曜日から木曜日までが新たなオフィス出社日となり、人々は郊外のクラブに(多くの場合、家族と一緒に)より多く投資するか、都市部のクラブに都度払いするアプローチを取り、来館頻度が低いからこそあえてプレミアムな体験ができる有料オプションを選んでいます。
ご存知の通り、ストレングストレーニングとオンラインワークアウトは大きなトレンドとして急成長しています。一般的に、フィットネス・プロバイダーは現在、ひとりの顧客のフィットネス体験すべてを所有しているのではなく、一部を所有しています。顧客は複数の施設に通い、時には自宅で独自のトレーニングを行い、不定期でブティッククラブを訪れて自宅でできないワークアウトを行います。人々の勤務形態の変化は、事業者と企業のフィットネス市場にとって新たな成長の機会に繋がりました。
これは平均的なクラブ会員の在籍期間にどのような影響を与えるのでしょうか?
クラブによって本当に様々です。最近、ある運営会社と仕事をしたのですが、そのクラブの3分の1は平均会員在籍期間が横ばい、3分の1は1~2ヶ月延び、3分の1は7~10ヶ月短縮していました。クラブの平均会員在籍期間は短くなる傾向にあるため、これを緩和するために素晴らしい体験を提供することの重要性を受け入れるクラブが増えています。生活必需品の価格高騰などといった、今クラブを苦しめている要因は私たちの力ではどうすることもできませんが、今後数年で業界はパンデミック前のレベルを上回ると思います。
このような厳しい経営状況に対抗するために、クラブは何ができるのでしょうか。
特徴のあるものを会員に提供し、何を支持するのかを明確にすることが非常に重要です。あれもこれもアピールすると、伝えたいメッセージが顧客に届きません。例えば、CrossFit。彼らは熱心な運動愛好家にアピールしているわけで、それに賛同する人、もしくは共感する人々がCrossFitを選びます。
しかし、エクササイズを始めたばかりの人たちに対して、業界は本当に無頓着だと私は感じています。この20年間で、私たちはあらゆるの物の質を大幅に向上させ、手本となるようないくつもの素晴らしい施設もできましたが、実際のオンボーディング(導入時のサポート)においては、まだまだ足りないと感じています。私はこの考えをよく「車のショールーム」に例えます。ショールームで、運転免許を持っていない人に高級車のキーを渡すとしましょう。果たして彼らはショールームから車を出すことができるでしょうか?もし私たちがこの業界を成長させ続けようとするならば、新規入会者が成功するための区分化と適切なサポートを開始する必要があります。
クラブがオンボーディングで苦労するのはなぜだと思いますか?
これは間違いなく長期的に起こっている問題です。私は何年も前にこのトピックについて博士号を取得しましたが、今でもクラブマネージャーたちの大きな弱点となっています。低価格市場とセルフサービスの台頭が影響し、個人的な接点が重視されなくなっています。また、オンボーディングの価値を適切に測定することが困難なことから、多くの企業はオンボーディングに時間を投資することに消極的です。
ジムのスタッフに話を聞くと、会員は皆自分のやっていることを分かっていて、サポートは必要としていないと言うでしょうが、実際はそうとも限りません。私たちが最近、ロンドンのある運営会社のために調査を行ったところ、会員の40%が「オンボーディング・サポートがあれば良かった」と感じていることが分かりました(これはあくまで回答した会員のみの結果なので、回答をしなかった人や退会した会員を考慮すると、より多くの人がそう感じていると想定できます)。また、オンボーディング・サポートを必要とする会員に対し、適正なサポートを提供するための必要な働時間の合計を算出したところ1日あたり1時間半となり、それは明らかに実現可能な時間だと思います。オンボーディングを上手くこなすために気の遠くなるような仕事をする必要はありませんが、それが収益にもたらす影響は大きいのです。
デジタル・フィットネスがパンデミックの遺産だと述べていましたが、それを踏まえ、クラブマネージャーは会員のエンゲージメントやタッチポイントの測定にこれまでとは異なるアプローチを取るべきでしょうか?
会員が戻ってきていることでクラブは活気を取り戻していますが、だからと言ってデジタルを軽視するのは危険だと思います。私が話をする多くのクラブマネージャーは、見込み客から「デジタルワークアウトはありますか?」と聞かれたことがないと言いますが、もし彼らが自宅でデジタルワークアウトをやりたければ、誰かに聞かずともすでに自身で解決策を見つけているはずです。消費者が自宅でオンラインのワークアウトをする機会が増えていることは分かっているので、そのサービスプロバイダーは競合他社ではなく、自社クラブであることが望ましいですよね。もちろん、質の高いオンラインコンテンツを自社で制作するのは大変なことなので、クラブでの体験と一貫性のある内容で、クラブが目指すブランドの方向性に沿ったものを提供できるのであれば、ほとんどのクラブが外注するのは理にかなっています。米国のある運営会社と仕事をした際、クラブ会員にオンラインサービスを追加した会員は、利用率はそれほど高くなかったにもかかわらず、追加しなかった会員よりも長く在籍していることがわかりました。
Z世代が成人し、クラブに入会する人が増えていますが、若い会員と年配の会員との間に行動の違いはありますか?
これは音楽と少し似ているところがあります。年齢層が違えば、人生のさまざまなステージで特定のスタイルを好むようになるものです。これは私や22歳の息子にも見事に当てはまります!
ストレングストレーニングは今、巨大なトレーニングカテゴリーとなり、その多くは若者とインフルエンサー文化の台頭が牽引しています。ストレングストレーニングはエクササイズを行なっている自分の姿を撮影しやすい活動の1つなので(活気あるクラスの最中とは対照的に)、コンテンツ・クリエーターはそれを撮影する傾向があります。Z世代はそのコンテンツをSNSのフィードで見て、それを真似しようとします。これは観察学習と呼ばれ、私たちが普段からジムで周りの人の動きを見て真似をする行動からも見受けられます。
今、ソーシャルメディアを通じてネットワーク効果が生まれ、その結果、ストレングストレーニングへの大きな流れが生まれています。しかし、若い人たちはスマホを通じて情報を得るため、クラブスタッフのサポートに頼らずトレーニングを行うことができてしまいます。また、マシンフロアでは、誰もが同じ筋力トレーニング器具を使いたがるため、ボトルネック(効率の低下)が生じています。
クラブはどのようにこれを管理し、マシンフロアの過密化に対抗できるのでしょうか?
私が仕事をしている大学の中には、パンデミック時に導入された予約システムをそのまま使用しているところもあります。その場合、会員はクラブのフロア(場合によっては特定のスクワットラック)で枠を予約することができ、希望の時間に器具の利用が確約されます。人の流れを管理する上で、あらゆる規模の運営者にとって最も重要なことは、グループエクササイズスタジオやファンクショナルエリアなど、より多くの人に同時にサービスを提供できるクラブの他のエリアへ確実に会員を案内することです。つまり、定員を最大化するためにできることはすべて行っている前提で、人が多いマシーンエリアでこれ以上十分なサービスが提供できないのであれば、クラブ内でまだ定員に余裕がある場所へ見込み客を誘導した方が現実的です。そうすることで見込み客のニーズを満たすことができるので、彼らはより長く滞在し、より長い生涯価値をもたらす可能性が高く、マーケティング費用に対するROI(投資利益率)がより高くなります。
ストレングストレーニングのトレンドはクラブに他にどのような影響を与えていますか?
ストレングストレーニングのためにジムに通う人が増えているのは素晴らしいことですし、私も40年近くそのトレーニングを続けているファンの一人です。特にフィットネス初心者の場合、経験者がウェイトリフティングをしている環境に飛び込むには躊躇してしまいます。最近、40代後半のクラブ会員と話す機会があったのですが、見た目からしてリフティングの経験者である彼らでもスクワットをするのをためらっていることを打ち明けてくれました。なぜそう感じるのか聞いたところ、以前はウェイトプレートが黒一色だったのがマルチカラーに切り替わったからだと教えてくれました。重さに関係なく全てのプレートが同じ色だった頃は誰も気に留めなかったのが、色付けされたことで、自分がどれくらい持ち上げているかを認知され、判断されるようになったことが怖くなったと言いました。これは私が考えもしなかったことでした。多くの経営者も同じだと思いますが、会員はこのような些細なことも察知するのです。ですから私たちは、ストレングスのトレンドを取り入れながらも、ワークアウトによって作り出される環境に注意を払い、ジムティミデーション(人々が萎縮する可能性がある要素)を確実に抑えることが重要なのです。
現在のフィットネスの状況において、グループトレーニングの役割をどのように考えていますか?
クラブ環境において、グループエクササイズが常に担っている役割があることは間違いありません。グループエクササイズが会員維持やコミュニティ形成にもたらすメリットは、十分に立証されています。また、会員の在籍期間が短くなる傾向にある現在、グループエクササイズの重要性はさらに高まっていると言えるでしょう。しかし、ストレングストレーニングが新しい人をクラブに呼び込んでいるところを見ると、こうした会員の多くは、比較的シンプルな動きに魅力を感じているのだと思います。スタジオプログラムの場合は、クラブの他の部分から切り離されていて、事前の予約が必要で、テンポが速く、振り付けもあります。初めの一歩を踏み出すのには少し勇気がいるかもしれません。
少し前に触れた「車のショールーム」例えに戻りましょう。クラブにとってゴールは、会員を成功に導き、彼らがグループエクササイズを継続し、効果を得るための適切なサポートを提供することです。私はデンマークのクラブチェーンと仕事をしたことがあるのですが、そこではインストラクターが指導するスタジオ内でのライブクラス、インストラクターがスクリーン上で指導するスタジオ内でのデジタルクラス、そして自宅で使えるアプリでのクラスを提供しました。また、事前に録画したクラスを自宅用として提供することで、会員が動きを学び、自信をつけることができ、スタジオに来てグループに参加することに抵抗がなくなるということがわかりました。これはクラブマネージャーがオンボーディングの一環として検討する価値があると思います。
グループエクササイズのもう1つの利点は、会員がワークアウト自体を深く考える必要がなく、その場に来て指導された通りに動けば良いところです。自己管理型のトレーニングでは、多くのことを自身で決める必要があり、認知できる負担が大きくなるため、特に「面倒くさい」と感じる人は敬遠してしまう可能性があります。そしてスケジュールを組むという要素も、運動の継続やエクササイズの定着にとても重要です。毎週月曜日の午後6時にクラスに行く人は、それが習慣として定着し、楽しみになります。また、その習慣がその人の一部となるため「月曜日の午後6時はクラスがある時間だ」と周りの人が知っていれば、その時間帯に他の予定入れる誘いをしなくなります。現代の私たちの日常はとても多忙で、意識して時間を確保しないとすぐに埋まってしまいますし、特にエクササイズにおいてはそのための時間を作らない限り後回しにされてしまいがちなのです。
業界が前進し続けるためには何が必要でしょう?
時には自身を厳しい目で見る必要があると思います。人は自分を贔屓目に見ることは得意ですが、少し批判的な目で見て、どこを改善できるかという質問を投げかけてみましょう。私はフィットネス業界の更なる成長を期待しているからこそ、常に社会情勢に悲観的見方をし、業界に異議を唱えます。私たちにやれることはもっとありますし、どんな犠牲を払ってでもインパクトを与えればいいというわけではありません。利益を上げ、成長を促進しながらの拡大は可能だと信じています。未来は明るいですが、一筋縄ではいきません。挑戦し続け、前進あるのみです。