「画一性ではなく、差別化にこそ進歩への道がある」と、20世紀初頭の伝説的な米国判事であり、市民の自由権の擁護者であるルイス・ブランデスは言いました。
100年経った今も、多くのスポーツクラブの経営者の心に響く格言です。日増しに競争が激化するフィットネス市場では、クラブはライバルを引き離すための「次のブーム」に常に目を光らせています。
とはいえ、最新のトレンドやテクノロジーがどんなに眩く面白いものであっても、果たして本当にそれがクラブのあらゆる問題を解決してくれる特効薬になるでしょうか?さらに、ライバルが同じことに着手しないようにすることは可能なのでしょうか?
業界として記憶から消したい、失敗作や短命に終わったブームはたくさんありますが(裸でヨガを覚えている人はいますでしょうか?)、革新的な製品をクラブに導入して長期にわたる真の差別化ができたという話はこれまであまり聞いたことがありません。同じように、すべてのオペレーションが完璧で改善の余地がないというクラブを訪問した経験もなかなかないでしょう。
他のクラブに勝てるよう改善できる点がまだまだあるとすれば、なぜ私たちは新しいものにこだわるのでしょうか?基礎がしっかりしていない家の屋根に最先端のソーラーパネルを設置しようとするのと同様に、クラブを構成する中心的要素が機能していなければ、差別化の追求はただの金食い虫となってしまうかもしれません。
それよりむしろメンバーエクスペリエンスの改善に注力した方がいいのではないでしょうか?単純により良いクラブになることで、差別化を図った方がいいとは思いませんか?
いま世界でもっとも成功している企業の中には、平均的なカスタマーエクスペリエンスを把握して、それよりも優れたものを提供することで市場を席巻してきています。AppleはiPodやiPhoneなどにおいてこれを繰り返してきました。初めて市場に出たMP3プレイヤーやスマートフォンではなかったものの、Appleは自社製品を通じて今までにないユーザーエクスペリエンスを提供することができ、そのことをマーケティングで分かりやすく打ち出すという点で非常に素晴らしい仕事をしたのです。
優位性を獲得する
有名なFitness Firstの重鎮、マーティン・サイボルト氏は、スポーツクラブにおいて重要なのはまず「成功すること。それから差別化を行うこと」とよく言っています。
消費者は常に最高のエクスペリエンスを求めているので、総合的なエクスペリエンスの提供ができるクラブが成功を収めるでしょう。差別化ポイントを追求しすぎて基本を疎かにしてしまうクラブも多く見られますが、これでは差別化と言っても悪い方へと行ってしまいます。
よりスマートな戦略は、専門のサプライヤーが数百万ドルを投じ、何年もかけて完成させた業界最高の製品を、最高の形で提供することに集中することでしょう。Appleのようなブランドは、コア製品に全力を注ぎ、部品の供給は専門技術を持ったパートナーの力を借りて行っています。彼らはそうすることでパートナーに支払う金額から価値と有用な情報を確実に引き出すことができ、支出に勝る見返りを得ることができます。
専門分野における何十年もの経験と膨大な量のデータがなければ、今出回っているものよりも優れ、自店の差別化に役立つような、世界トップクラスのグループフィットネスプログラムや画期的なイクイップメントをスポーツクラブが開発することは到底できないでしょう。しかし業界最高の製品を選び、他店よりも提供方法をよくするだけで、本当に素晴らしいメンバーエクスペリエンスを提供してたくさんのファンを熱狂させるクラスを生み出すことができるでしょう。
もっと詳しく:素晴らしいメンバーエクスペリエンスをもたらす8つのデザイン
メンバーエクスペリエンスのクオリティーを測る上で、もっとも信頼性の高い指標は全体的なクラブ参加率です。会員のモチベーションが高く積極的であるほど参加率が高まるため、参加率が会員維持率や紹介率、料金設定などを決定する重要なパフォーマンス指標となるのです。
グループフィットネスの観点から、メンバーエクスペリエンスを向上させクラブ参加率を上げる方法は無数にあります。グループワークアウトを通して参加率を高めるために世界中の人気クラブが用いている、失敗のない5つの戦略をご紹介しましょう。
1. パワフルなプログラムを立ち上げる – Greater Naples YMCA(米国)
9歳から99歳の1万人の会員を持ち、近隣の格安ジムやブティックとの競争が激化していたこのクラブは、グループフィットネスの参加者を増やして投資利益を早期に確保する必要がありました。
当クラブがとった戦略は、年間通じて新規プログラム導入を計画し、そのタイミングに合わせてキャンペーンを打つことでした。これにより新規クラブ会員の獲得と同時に既存会員のエンゲージメントを高める機会になると考えたのです。
Greater Naples YMCAは忙しい新年の時期にミレニアル世代とZ世代を引き付けるために、HIITプログラムのLES MILLS GRIT™シリーズを2018年1月1日に立ち上げました。
続いて5月にはヨガにインスピレーションを得たBODYBALANCE™を追加してシニアマーケットに新しい提案をし、その後8月にLES MILLS BARRE™、12月にLES MILLS SPRINT™を導入して勢いを維持しました。
プログラムを追加する戦略によって年間のグループフィットネス参加率は55%増加し、新規会員数も大幅に増え、グループフィットネスはクラブ全体の参加者数の70〜77%を占めるようになりました。
同社のヘルシーリビング・ディレクター、ダイアナ・シデリ氏はこう言っています。「新しいプログラムを導入することで、幅広い消費者層にアピールすることができます。これによってクラブはとても忙しくなり、忙しいクラブは充実しているクラブということですよね」。
2. 会員にスマートなスタートを – SC Fitness(ポルトガル)
ポルトガルのSC Fitnessは、展開する37店舗のうち15店舗が低コストクラブ、21店舗が総合型、1店舗がプレミアムクラブとなっている点でユニークである一方、メンバーの誘導に画期的なアプローチを取ることでさらに注目を浴びているのです。
カスタマーエクスペリエンス責任者のホセ・テシェーラ氏は、データを用いてメンバーエクスペリエンスを向上させることにこだわり、5年分の会員データ(65,000人分の退会者インタビュー、ヒートマップ化した行動パターン、85,000人の参加者データ)を用いて退会の理由などについて調べています。結果、グループフィットネスに参加していた会員は、参加していなかった会員よりも会員期間が3倍長いということが分かりました。ではどうしたらより多くの会員にグループフィットネスのクラスに参加してもらえるでしょうか?
こうした会員情報を利用して、テシェーラ氏は入会後最初の6週間、新規会員全員にグループフィットネスの受講を促すプログラムを考案し、その際に参考にしたのがLES MILLS SMART START™プログラムでした。彼はまた会員向けにグループフィットネスロイヤルティパスポート(喫茶店でもらえるスタンプカードのようなもの)を作成したり、クラスの会員数を増やしたインストラクターの報酬を上げるなどしてこの取り組みを後押しするよう策を講じました。
結果として、グループフィットネスの参加者数および会員数全体が3%伸び、何より印象的だったのは、エンゲージメントが高まったことで会員期間が延び、会員の生涯価値が117%高まったことです。いまやグループフィットネスが、全クラブ訪問者数の44%を占めるまでになり、会員にもっとも人気の高いセールスポイントになっています。
3. ロックスター・インストラクターを生み出す – Village Health Clubs (英国)
30店舗のプレミアムチェーンを展開するVillage Health Clubsは、総合型やプレミアムクラブの競合店の脅威に直面し、インストラクタースキルの向上に取り組み、グループフィットネスをレベルアップさせることを決断しました。
同社は、固定費用を増やすことなく30店舗のクラス収容人数とグループフィットネス参加者数を増やしたいと考えました。担当は、あらゆるタイプのクラス参加者を引き付けることのできる優れたコネクションスキルを持ったインストラクターの必要性を認識し、90人のグループフィットネスインストラクター全員をレズミルズのアドバンストレーニングに参加させ、認定取得のため投資することにしました。
3ヶ月経たないうちにグループフィットネスの参加者数が大幅に増え、クラスの平均参加率は、いくつかの店舗では40%向上し、もっとも業績の良い店舗では78%から96%になりました。その結果、30店舗全体の会員維持率も上昇しました。
「当社は以前からグループフィットネスで有名でしたが、この改革が他の追随を許さない存在にし、ビジネスにも成果が表れているのも嬉しいですね。」とヴィレッジジム レジャーディレクターのクリス・サウスオール氏は言っています。
「グループエクササイズが会員獲得や維持に役立つことは分かっていましたが、クラスの良し悪しは教える人のスキルやクオリティ次第なのです。全ての店舗において素晴らしいクラスを提供するためには、所属インストラクターのクオリティを高いレベルで保つ必要があると考えたのです。」
4. スタジオを変革する – Les Mills Wellington (ニュージーランド)
- スタジオを変革する– Les Mills Wellington (ニュージーランド)
レズミルズ ・ニュージーランドチェーンを構成する12店舗のプレミアムクラブのひとつ、Les Mills Wellingtonにとって、参加者を増やすためのカギはスタジオの最適化とデザインでした。
会員数7,000人のこのスポーツクラブの課題は、スタジオ集客をあげたいのに、拡張するためのフロアスペースがないということでした。
彼らのとった戦略は、スタジオの数を減らしながら、残ったスタジオスペースを広くしたのです。各スタジオの参加者数や収容人数を分析したのち(以下の表参照)、スタジオ3をなくし、ボクシングスタジオを縮小して、できたスペースを活用しいて残りのスタジオを広くしました。この改修の中でバーチャルフィットネスを導入するなど、タイムテーブルの大幅な最適化も行いました。
グループフィットネスのフロアスペースはたった3%しか増えていないにもかかわらず、グループフィットネスの参加者数は48%も増えました。スタジオ2は大きさが3倍になり、一週間あたりの参加者数は186%増加しました。一方拡張したサイクルスタジオでは参加者数が3倍になりました。
5. マーケティングを使いこなす – Tahoe Mountain Fitness(米国)
また別の成功戦略としては、人気のリゾート池タホ湖周辺にある評判のブティック、Tahoe Mountain Fitnessが証明しているように、素晴らしいイベントやマーケティングによって参加者数や収益を増加させるという方法があります。
競争の激しいマーケットに新たに参入したこのスポーツクラブでは、新規会員を惹きつけるためには、プレミアムブランドを訴求し競合店との差別化を図る必要がありました。彼らの戦略は、質の高いプログラム、導入イベントの開催、洗練されたマーケティングを用いて“ハイエンドブティック”として位置付けることでした。
同店では充実したサービスを提供するために7つのレズミルズプログラムを導入し、サイクリングプログラムTHE TRIP™のためのイマーシブスタジオも作りました。そして、新規会員を呼び込むため、定期的なプログラムリリースイベントを通じて常に話題作りにも努めてきました。
また、レズミルズの無料素材や動画をうまく活用して、質の高いマーケティングキャンペーンを展開する一方、クラブ内のシックな装飾はブティックらしさを醸し出しており、このことが会員にとっての魅力となっています。
Tahoe Mountain Fitnessでは、クオリティーの高いプログラムや確固たるブティックブランドらしさを打ち出すことで、ひとクラスあたり最高32米ドルの価格設定が可能になっています。さらに、洗練されたオンラインマーケティングとクラブ内で行う定期的なイベントが絶えず話題となり、参加者数は月に10%の割合で伸びてきました。